感覚と感情の調和は愛?

恐怖が目の前にあわられたらどうする?

そんな問いかけを投げかけられた数日の出来事。



目や耳、鼻や口、肌など

感覚器官を通じて内側へ入ってくるたくさんの刺激

光や色、音、味、香り、冷たい、温かいなど

さまざまな感覚刺激はあるけど色や形を持たないものがある


「がんばるモード」に入ると緊張しやすく

些細なことでも過敏に反応してストレスになることも多い


同じ場所で同じように刺激を受け取っても反応が異なるのは

受け取った人が何を感じたかによって変わると思う

そこには「ひと」が持つ感情が大きく関わっているんじゃないかな


動物的な本能をコントロールして

過去の出来事やこれから起こる未来に対して

予測し、考えて行動できるのが「ひと」としての特権でもある


「喜び、悲しみ、怒り、諦め、驚き、嫌悪、恐怖」7つの感情

感情によって表情が変わり、立ち居振る舞いを通じて周りの人に伝達する

その人の意思は言葉以外にもエネルギーを介して常に受け取っている


ここ数日の出来事を通じてみた世界は

わたしに本当の恐怖とは何なのかを教えてくれた

恐怖や不安を手放すとヨガのレッスンでも使う言葉だけど

最近は落ち着いているし恐怖ってそんなにないよなと思っていた


しかし!そんなことはなくて…

じぶんにとっての恐怖が次々と具体的に浮かんできた

エゴや認められたいという願望、依存心や比較してしまう気持ち

それが大きく膨らむことが恐かったみたい

その感情が表面化したときに心の動きに目を伏せたり、ギュッと力んで闘おうとした


そのとき…!

「いやいや、ちょっと待って。闘わないで何とかできる?」

内側から声が聞こえたような気がして耳を澄ました


「闘うことをやめて愛や優しさに変換できないかな?」

この提案には正直びっくりした


今までは負けず嫌いで結果を出したいからこそ

心をメラメラと燃やして闘うことを選んできたように思う


苦手な状況に直面した時に闘うことをやめて

じぶんの中にある愛や優しさで対応することを提案されて

試してみると心がすごく軽くなったのと同時にその状況すら恐怖ではなくなった


ヨガのクラスでもよく不安を手放しましょうと伝えるけれど

今のわたしが感じることは

恐怖や嫌悪感をゼロにしましょうということとは少し違うのかもしれない

7つの感情あっての「ひと」であり

その中のネガティブな感情に振り回されず

愛や優しさに替えて内側から湧いてくるポジティブなエネルギーを

相手にプレゼントすることではないか


良い人になろうとじぶんを抑えたり我慢をしたり微細なコントロールはしなくても良い

恐怖や不安が芽生えた時に心に優しく対応することは

じぶんを慈しむことにもつながるんじゃないかな


そう思うと過去を生きてきたじぶんを抱きしめたくなった

本当の意味でじぶんに優しく周りを愛と調和で満たすためには

7つの感情と全ての感覚器官、そして調和の取れたセンサーが必要


がんばるモード、おやすみモード

どちらもないと生きていけないからこそ心地よくバランスをとること


そのためにヨガをするんだな

そのために瞑想をするんだな


腑に落ちてからは練習がとても新鮮で嬉しい


みなさんももし良ければ

あなたにとっての恐怖とは何なのか、それを愛で包んであげるとどうなるか

心に問いかけて感じてみてください。


それでは素敵な夜を。







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